青城SS | ナノ
「スノーボードのウェア高すぎない?」

なんでみんなこんなの買えるの? おかしい。絶対おかしい。
居間のこたつに下半身をつっこんで座布団を枕に、仰向けになって「絶対おかしい」と呟きながらスマホをいじっていると、不意にスマホが指先から離れて、視界が開けた。

「ボード、行くの?」

いつの間にか現れた一静が、私のスマホを指先で挟むようにして持ち、画面を見据えていた。その光景を床から眺めると、本当にとんでもなく大きい男だなとつくづく思う。そんなことを考えながら、普段より小さく見える自分のスマホへと手をのばし、到底届きはしない距離に腕を振った。

「返してよー。勝手に見ないでよー」
「チャイム鳴らしても出ねぇし、鍵は開いてるわで心配したんだけど」
「あれ? あー、インターフォンは出るのが面倒だから切ったんだ」
「鍵は?」
「鍵はー、お母さんに閉めておいてって言われてて」
「こたつから出たくなくてそのままだと」

おばさん、鍵持ってないならチャイム入れとかないと気付けないんじゃね? それともそこまで考えた上での鍵開けっ放し?
スマホを私の手のひらへと戻し、一静は同じ音を繰り返すようにして淡々と言葉を連ねながら、慣れた手付きでインターフォンの電源を入れた。

「お母さん鍵は持ってるよ。荷物いっぱい持ってて、手が塞がってるから閉めておいてって言われたの」
「なら閉めろよ」

低い声を出しておまけに怖い顔をするものだから、私は咄嗟に起き上がって、「まあまあ、暖まってよ」と右手でこたつ布団をパタパタと扇いで見せる。すると一静はお裾分けとビニール袋いっぱいに入った蜜柑をテーブルに置き、私が扇いだ布団の場所。つまりは私の隣へと腰を下ろして、こたつこ中へと足を伸ばした。
冬の匂い。服の冷たさに驚いて横を向く。すると当たり前に一静と目があって、外の空気みたいな冷え込んだ瞳にぎょっとした。

「蜜柑、ありがとう」

逃げるように蜜柑の入った袋を持って台所へ。そしてお勝手口のドアノブへ袋をかけた。
さて、どうしたものか。手ぶらでこたつに戻るのもな。蜜柑をボールへ何個か移して、居間へと戻る。

「で、ボード行くの?」

私がこたつへと戻り一静の正面に座るや否や、蜜柑を両手で握りながらそんなことを口にした。

「まあ、うん。一静、なんか怒ってる?」
「別に? 懲りねぇなと思って」
「懲りねえ……とは?」
「どうせまたヨーコちゃん発案なんだろ?」

ばくりばくり。あっという間に蜜柑がひとつ、一静の体内へと消えた。

「いや、今回はりっちゃんが発案」
「へー?」

ふたつめの蜜柑を握る指使いが、なんだか苛立っている。そんな指の動きを見つつ、私も蜜柑へ手を伸ばした。

「りっちゃん、ヨーコの彼氏の友達と付き合うことになって。それで、なんかみんなでボード行こうって」
「へー」

ばくりばくり。ふたつめの蜜柑も一瞬で消えた。私はちまちまと蜜柑の筋を取る作業へ精を出す。

「りっちゃんの彼氏ね、及川くんに少し似てるんだよ」
「ふーん?」
「髪型だけなんだけど」
「へー」
「一静、今の笑うところ」
「……ははは」

蜜柑から視線を上げると、不機嫌な顔をした一静が蜜柑を睨み付けていた。

「あのさ一静、眠いの?」

一静からの返事はない。けれどこの機嫌の悪さは、寝起きでおまけに寝不足の一静特有のものだと思う。

「寝てたのに蜜柑持って行けっておばさんに叩き起こされた?」
「……そんなとこ」

だと思いました。何年幼馴染みやってると思ってるのよ。お見通しです。

「ちょい寝てい?」
「え、布団だす? 風邪引くんじゃない?」
「いらねぇ。そんなガッツリ寝る気はない」

バタン。そんな音が聞こえてきそうなくらい、勢いよく倒れた一静の足が、こたつの中で私にぶつかった。

「ナマエ、足楽にしたい」
「うん?」
「こっち、座って」

テーブルの向こう側から、長い腕が私を手招きしている。そんなには寝ないと言っておきながら、本気で寝るきだな。

「このこたつは一静のサイズに適応してないよね」

私がこたつから出ると、にょきりと鶯色の靴下が出てきた。はみ出てますね。座布団でよければお掛けしましょうかと声をかけたけど無視された。もう寝たのだろうか。いや、ただ普通に無視されたんだなきっと。立ち上がったついでに、そっと座布団を大きな足へとかけてから、一静の隣へと腰をおろす。
横を向いて眠る一静の背中と、テーブルの足の間に膝を滑り込ませる。そして蜜柑の筋取りの再開。

「ナマエボードできんの」
「んー? どうだろう」
「いつ」
「来週の土曜日」
「どこで」
「なんだっけ。中学生の時、なんかの行事で行った場所。みんなでスキーしたよね」
「あぁ」

一静寝ないの? 寝る。この会話を最後に、部屋は静寂に包まれた。そして一静が身動ぎをひとつ。すると正座をしている私の足の側面に、一静の背骨が触れた。好きだよね、そうやって少しだけくっついて寝るの。小さい頃と変わらない。
私は一静の寝息を聞きながら、完璧なオレンジ色の蜜柑を頬張った。


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スノーボードって難しくない? 難しいよ。なんか、よく、わからないし!

「ぎゃ」

本日何度目かわからない転倒。皆はすいすいっと下までいっちゃったし。スキーの経験はある。あるけど私、スキーもあんまり滑れてなかったな。そういえば。
もう、なんてひとりでネックウォーマーの中へ文句をぶつける。転ぶのは簡単なのに、立ち上がるのはすごく難しい。もぞもぞと体勢を整えていると、背後で雪を掻き分けるようにして、板の止まる音がした。

「大丈夫? 教えてあげましょうか、おじょーサン」

私を覗き込むド派手な色のゴーグル。それをゆっくりと持ち上げ、現れたのは見知った瞳だった。

「わ、花巻くん。ずこい偶然」
「ホントよねー。スッゴい偶然よねー」
「なんでちょっとかわいい話し方なの?」

花巻くんは小さく笑って、「よくやるよな」と呆れたようにして目を細めた。

「なにが?」
「なにがっておじょーサン。きみたちは本当に、懲りないよなって話」

さて、なんの話だかさっぱりです。

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